「惜しかった」と言ってしまうと、反省が生まれないという話

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テスト前に目標を立てます。今回のテストは90点を取るぞ、と意気込みます。そして終わり、テストが返ってきて点数を確認します。点数は88点でした。惜しかった。あと1問正解してたら90点だった。

よくある光景です。「くやしいー、もうちょっとだったのに、惜しかった」と残念がります。

それを見て、私は「これだけ悔しがっているのだから、奮起して、次のテストでは90点を超えてくるだろう」と思います。ですが、実際は次のテストでもその子は90点に届かず、「あれとあれができていたら90点になっていた。惜しかったー」と言っています。

そしてまた次のテストも……

この「惜しかった」という言葉は、前向きな発言のようにも聞こえます。しかし実は、あまり良い言葉ではないのです。

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僅差の負けは勝ちと同じ?

英ケンブリッジ大学行動臨床神経科学研究所のLuke Clark博士の研究によると

「僅差の負け」においては脳内の領域「腹側線条体(ventral striatum)」「両側前島皮質(anterior insula)」が「勝利」の時同様に活性化することが判明した。要は「僅差の負け」なら「負け」でも脳内では「勝った」のと同じような興奮状態におちいる

ということのようです。

これはギャンブル依存症などによくみられるものです。例えばパチンコです。そのほとんどの人が負けています。なのになぜ行くのでしょうか。

それは、こういうことです。途中大当たりし、球が出たとします。しかし、結局その球は吸い取られてしまい。負けてしまいます。すると「あの時にやめていれば、勝っていた。惜しかったなぁ」となります。

先ほどのLuke Clark博士の「僅差の負け」状態です。つまり負けているのですが、脳内では「勝っている」のです。勝っているのですから、やめる理由はありません。そしてまたパチンコに行ってしまうのです。

冒頭の例も同じことです。

つまり「あと少しで90点だった、惜しかった」というのは、言葉では残念がっていますが、実際は90点を取ったと脳が考えてしまっています。つまり満足してしまうのです。ということは、当然奮起ということもありません。だから次のテストでも「惜しかった」と同じ言葉を繰り返すのです。

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この問題が正解だったら90点だった。

この「惜しかった」という感情の悪循環を、もう少し具体的な内容で確認してみましょう。

もちろん「あと1問正解していたら、90点だった。惜しかった」で終わっていれば、成長がないのは当然です。しかし、中にはもう少し踏み込んで分析をする人もいます。つまり「この問題が正解していたら、90点だったなぁ」という感じです。

これは一見反省をしっかりしているようなので、次のテストに期待が出来そうに感じます。しかしそうでもないのです。

つまり「この問題が正解していたら、90点だったなぁ」は「三単現のsをつけていたら、90点だった」や、「πをつけていたら、90点だった」、「計算で符号ミスしなければ90点だった」につながります。

こうなると、先ほどのLuke Clark博士がおっしゃるように、「三単現のsはつけていた」「πをつけていた」「計算で符号ミスをしなかった」と脳が判断してしまいます。とうぜん間違えた問題の見直しやり直しはしません。そして、その間違いに対する反省が生まれなくなります。つまり一見反省しているように見えて、実は全然反省していないのです。

この手の「反省している風」発言は他にも多くあります。「時間がもうちょっとあったら、もっと点数がとれていた」「最後に書きなおさなかったら、正解していた」「うっかりミスしなかったら、◯点になっていた」などです。

これは無意識に出る発言です。自分がそういう発言をしたことに気づければ、また同じことを繰り返しかねないと、肝に銘じておくとよいでしょう。

ではどうすればよいのか

ではどうすればよいのかというと、88点は「目標に対して惜しい」のではなく、「目標に2点足りなかった」と事実でとらえるのです。「僅差の負け」ではなく、「単なる負け」と認識することが大切です。

そうすれば、そのためにどの問題を解けるようにすればよいかを考えることができます。

そして、先ほどの話も「三単現のsをつけるのを忘れなければよかった」「πをつけ忘れなければよかった」「計算問題で符号ミスをしなければよかった」となります。これが反省です。

人を成長させるのは反省です。人は失敗から学びます。同じ失敗を繰り返さないからこそ成長できるのです。同じ失敗を繰り返さないためにも、「惜しかった」という発想から離れましょう。

まとめ

野球の試合で、センター右にヒットを打ちました。一塁ランナーは思い切って二塁をけって三塁に向かいます。しかし、センターからサードに矢のような送球があり、アウトになってしまいました。

トボトボと帰ってくるランナーにベンチのみんなが声を掛けます。「惜しかった、惜しかった」「ドンマイ」「積極的に行った結果だ。気にすんな」

この「惜しかった」は良いです。試合中ですから、気持ちを下げてしまってはいいプレーはできません。

ですが、試合終了後のミーティングで、そのプレーを振り返って「惜しかったなぁ」ではいけません。そのプレーの反省は行われるべきです。反省するには「惜しかったなぁ」とはなりませんよね。

失敗は成功の母と言います。結果がうまくいかなかったなら、それは反省をするチャンスです。反省があるから、人は成長するのです。

「惜しかった」という感情はその反省を遠ざけてしまいます。気持ちをコントロールするには、まず言葉からです。安易に「惜しかった」という言葉を口にしないことを心がけてみてはいかがでしょうか。

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