「習ってないから、できません」という考え方は、もったいない

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問題をやらせると、「この問題、習っていなので、できません」と言われることがよくあります。「習っていないから、できません」という言葉。この言葉を聞くたびに、何かもやっとしたもの、なんだか残念だなぁ、もったいないなぁ、という気持ちを感じるのです。それについて、書いてみます。

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習っていないのではなく、応用問題

まずよくあるのはそれが「応用問題」であることです。「習っていない」のではなく、習ったことを「応用」して考える問題なのです。

小学生の問題例

6÷2=3というわり算を教えます。そして次の問題です。

6÷□=3 で □ に入る数字は何でしょう?

これで、「習っていないので、できません」となるのです。

まぁ、100歩譲って、これは「習っていないからできない」というのを認めるとしましょう。「6 を何でわったら 3 になると思う?」と、問題をかみ砕いて説明します。するとその子は「2 です」と答えられるのです。

そして次の問題です。

□÷2=3 で □ に入る数字は何でしょう?

で、また「習っていないので、できません」となります。中学生以上の目から見ると、何を言っているんだ? となりますよね。しかし、実際にあるのです。

これは何が原因なのでしょうか? まず問題を見た瞬間に、見たことがない形だと判断しています。そして「習っていない」と条件反射のように言葉が出てしまうのでしょう。

見たことのない形だ、と判断するのは分かります。そこから「習っていない」の言葉を発する前に、「どうやってやるんだろう?」と考えられていないことが、「習っていないので、できません」の原因だと思われます。

みなさん「わからなければ、質問しなさい」と言われたことがあるかと思います。これには言葉が足りなくて、本当は「わからなければ、まず調べなさい。そしてもう一度考えなさい。それでもわからなければ、質問しなさい」というのが本当です。

「分からない」→「教えてください」のタイミングが早すぎるんですね。

中学生の問題例

「いや、私はこれくらいは考えられますよ」と言う人がいるかもしれません。では少しレベルアップして、このような問題ならどうですか?

20 にできるだけ小さい自然数をかけて、ある自然数の二乗にしたい。どんな自然数をかければよいか

この問題のやり方は、20を素因数分解します。するとこうなります。20=2×2×5=(2×2)×5。「5」が余りますね。なので「5」をかけたら、そこが二乗になります。だから答えは「5」となります。

それを踏まえて次の問題です。

180 をできるだけ小さい自然数でわって、ある自然数の二乗にしたい。どんな自然数でわればよいか

さきほどは「かける」でした、今度は「わる」です。さぁどうします? 「習っていないから、できません」って言いたくなりませんか?

しかし、この問題は先ほどの問題と、考え方はほぼ同じです。

180を素因数分解します。180=2×2×3×3×5=(2×2)×(3×3)×5。「5」が余っていますよね。なので「5」でわれば、そこが「1」になります。1をかけても数字は変わりませんから、残っている部分は二乗だけになります。だから答えは「5」です。

答えが出なくても、素因数分解まではやってもらいたい。それをやらずに「習っていないから……」は甘えです。

まだまだ「これくらいは考えられますよ」という人、います? ならこういう問題ならどうですか?

12に自然数をかけて、できるだけ小さい2ケタの自然数の二乗にしたい。どんな数をかけたらよいですか?

2ケタの自然数の二乗にするんですよ。どうしましょうかね。「習っていないから、できません」って言いたくなりますよね。そこをぐっとこらえて、「あーでもない、こーでもない」と考えてほしいのです。

この問題に関しては、あえて答えを書きません。しっかり考えたうえで、わからなければ、誰かに質問してください。

仮に解けなくても、一生懸命考えるのです。そうすれば、そのあとに説明を聞いた時の理解度が全然違いますから。「習っていないから、できません」感覚だと、やり方を聞いても、右から左です。答えを写して終わりになると思います。

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習っていないのではなく、忘れている

この漢字、習っていません。という言葉もよく聞きます。調べると前の学年で習う漢字です。それを伝えても、「いえ、習っていません」と言います。それは「習っていない」のではなく、「忘れている」のです。

ありえないことですが、仮に前の学年で、その漢字を飛ばして学習していたとしましょう。そうだとして、あなたは「習っていないから、書けなくていい」と考えますか? 仮に習っていないにしても、前の学年で習うべき漢字だったなら、練習して書けるようにしないといけませんよね。

社会の用語でも同じようなことがあります。「美濃部達吉、天皇機関説 …… こんなん習った?」なんて話が、定期テスト前によく出てきます。過去問をしているときの、あるあるですね。

「こんなん習った?」ではなく、「これ聞き逃してたわ、覚えないといけないぞ」とならないといけませんね。

いやもしかするとその用語は、教科書で太字になっていませんので、授業でちゃんとした説明がなかったかもしれません。としても、問題として出題されているのだから、覚えないといけません。「習ったか、習っていないか」はどうでもよいのです。

まとめ

三平方の定理を発見したピタゴラス、万有引力を発見したニュートン、相対性理論を作ったアインシュタイン …… 彼らは「習っていないから、できない」と考えたでしょうか? むしろ、今まで誰も言っていなかったからこそ、「自分で何とかしてやろう」と、頭をひねったのです。

別に偉大な数学者になりなさい、と言っているのではないですよ。将来大人になって、遭遇することのほとんどは、習っていないことです。そこで「習っていないから、できない」と判断してしまえば、それで終わりです。

そうではなく、今まで習ったことを組み合わせたり、応用したり、見方を変えたりしながら、なんとか解決法を探っていくのです。

「習っていないから、できません」ではなく、「習っていないからこそ、どうにかしてやろう」という気持ちを持つことが、世の中を生きていくうえで大切なことなのです。

見たことがない問題にでくわしたなら、「習っていないから、できない」ではなく、自分を成長させるチャンスだと思って、前向きに取り組んでもらえればと思います。

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