子供と同じ目線に立って考えることが良い理由。

教育・子育て

どうしても小言を言いたくなることがあります。「いつまでテレビ見ているの?」「宿題はやったの?」「早く準備しなさい」などなど。それを聞いて子供たちはどう感じるのでしょうか? 素直に反省し、行動を改めるでしょうか? 残念ながらそうはなりません。今回は「子供と同じ目線に立って考えることが良い理由」について解説します。

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親の小言は逆効果

たいていの場合、親の小言は逆効果です。

その理由を、自分の立場で考えてみましょう。例えばアクセサリーです。身に着けているアクセサリーについて、友人にこう言われたとします。「それ、いくらしたの? えー、高くない?」

実は自分でも、ちょっといまいちだなぁ、と思っていたのですが、そう言われてしまうと反発心が起こってしまいます。そして「いや、これはこの部分が良くて……」と弁護を始めてしまいます。この弁護はアクセサリーに対してではなく、自分の過ちに対する弁護になっているのですね。

つまり、「失敗したなぁ」と感じていても、それを面と向かって指摘されると、正当化しようと自己弁護に走るのが、人間の心理なのです。これを難しい言葉で「心理的リアクタンス」と言います。

親の小言は、この指摘と同じです。

親が小言を言いたくなるタイミングは、子供も同じようなことを考えています。「そろそろ勉強しないとまずいなぁ」「宿題やらないといけないなぁ」という感じです。

そこで、その点を指摘してしまうと、自己弁護が始まります。「いや、ちょっと息抜きしてただけだよ!」「いま宿題やろうとしてたところなのに!」という感じです。

本来、親と子は味方同士

しかしこのやり取りは、本当に不幸なことです。なぜなら親も子も、「勉強をしなくてはならない」という、同じ気持ちをともに持っています。なのに言い方やタイミングで、対立が生まれてしまうのです。本来なら協力し合って、同じ目標に向かって進んでいくべきです。

そもそも親と子は敵ではなく、味方同士です。まずそれを認識することから始めます。「勉強しない子供」と「勉強を強制する親」ではありません。もちろん、双方の認識を改める必要があります。ですが、まずは親から改めましょう。

大人も昔は子供だった

振り返ってみると大人である私たちも、昔は子供でした。そして親から同じようにガミガミと言われてきましたよね。それを話してあげたらよいのです。

「いい加減に勉強しなさい!」と勉強部屋へ追い立ててしまった場合、まず少し気持ちを落ち着けましょう。そしてコーヒーか何か持って行ってこう言うのです。

「さっきはちょっと言い過ぎたね。私も昔、親からガミガミ言われたのを思い出したよ。そろそろ勉強しないとなぁ、と思っていたんでしょ。そんなときに上から目線で言われると、腹が立つよね。私があなたの立場なら、確かにそう思うわ。申し訳なかったね」

「テスト前の勉強をしなくてはならないって時に、なぜかテレビが見たくなるんだよね。気持ちはわかるよ。私もそうだったからね」

この「私があなたの立場なら、確かに……」や「わかるよ。私もそうだった」というのはキラーワードです。相手の懐に潜り込む、殺し文句です。自分は味方であることを、しっかり伝えてあげてください。

同じ目標に向かう

また、目標をすり合わせるのも大事です。親と子で同じ目標に向かって進んでいることを、日々確認しておくのです。将来の夢、志望校、定期テストの目標点数などなど。そこがはっきりすると親の言動も変わります。

例えば「テストで90点を取る」が、親と子の共通目標になっているとしましょう。すると親の言動は、「勉強しなさい」から「何かして欲しいことある?」になります。「テスト90点」は子供の目標と同時に、親の目標でもあります。ですから、その目的達成に向けて、親として何ができるのかを考えるのです。

テストが終わり、点数が思うようにならなかった場合の発言も、変わります。「勉強してなかったから、こうなったんでしょうが!」という叱責にはなりません。「もっと協力できることがあったかもしれないね」という自分の反省になります。目標が自分のことだとらえていますので、自分のこととして反省が生まれます。

こうなると、子供と同じ目線で、物事を考えられるようになります。つまり敵ではなく、味方同士です。同じ目標を持つ味方同士という認識がしっかりしていたら、そうそう対立は起こりません。日々の言動が変わるからです。

とはいえ、時にはきついことを言わなくてはならないこともあります。それでも、味方同士という信頼関係があれば、子供もそれは、アドバイスとして耳を傾けてくれるようになります。

まとめ

「子供と同じ目線に立つ」について考えてみました。親と子は敵ではなく、味方同士だという当たり前のことが、日常生活の中でぼやけてしまっているのはよくある話です。改めて確認しましょう。親と子は同じ目標に向かう、仲間同士なのです。

そして自分もまた子供と同じように、失敗を繰り返してきた人間であることを、自覚しましょう。先に失敗している分、子供の失敗が目につくだけなのです。よって言うのは「勉強しなさい」ではなく、「わかるよ。私もそうだった」で十分です。そしてアドバイスは、子供が求めてきたときに、初めて言ってやるべきなのです。

もちろんこうあってほしいと、子供に願うのは当然の感覚です。ですが、それが理想の押し付けになっていないか考えてみましょう。子供はしょせん子供です。大人の感覚で指示されたら、たまったもんじゃありません。

子供と同じ目線に立って考えみると、今まで子供に過大な要求をしていたかもしれませんね。

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